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    安島直円

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    安島直円(あじまなおのぶ、1732年享保17年) - 1798年11月14日寛政10年10月7日))江戸時代中期の数学者新庄藩の藩士。仮名は万蔵。は伯規、は南山。は直円。名は資料によって安島万蔵とも載せる。父は新庄藩御勘定頭・安島庄右衛門。家禄は80石。和算に長け、同門の藤田定資をして「当代の名人」と言わせしめ、江戸時代における数学の発展に寄与、後世の人は関孝和と並んで和算の二大焦点と評した。寛政10年、江戸藩邸にて没。江戸(東京都港区三田曹洞宗常林寺に葬られた他、国元の菩提寺 羽州最上郡新庄町山形県)は桂嶽寺に分骨された。戒名祖眞院智算量空居士位階贈従五位

    目次

    [編集] 生涯

    享保17年、江戸の新庄藩邸に生まれる。直円は当初、万蔵と名乗った。父が藩の財政に携わっていた為、直円も江戸の和算塾で、和算中西流の大家 入江広忠の主催していた入江塾に通っていた。寛保3年に12歳の時に元服、当時和算において大いに成長していた為、父が数学者としての大成を願って諱を直円と命名したという。後に関流の家元、山路主住の門下となり、さらなる数学の道を究めた。宝暦4年、父が亡くなり家督を継いで、家禄である80石を相続、同6年には吟味役兼金元方を命ぜられ、12年に御勘定頭に昇進、3人扶持を加増された。天明5年10月、本締手代、11月には郡奉行へと昇進を重ね、同6年には本締役を命ぜられ、20石を加増された。同年中にはさらに10石の加増があり、120石の禄を賜るまでになった。こうした一連の加増は藩財政の建て直しに貢献した功績に基づくものであったといわれている。

    直円の研究は独創的なものが多く、特に円理については、円柱の相貫体の体積を二重級数を用いて表す、円弧の長さを求めるのに弦を当分する方法を完成させるなどの結果を与えた。また、幾何においても三斜三円術(安島-マルファッティ G. Malfatti の定理)、四円六斜術(ケーシーの定理)など、円と多角形が接する図において、その大きさを求める問題の解法をヨーロッパに先駆けて発見している。このような幾何的図形についての研究は、後期の和算の特徴の一つであるが、安島のこの方面の貢献は極めて基礎的なものである。また、整数方程式、対数、循環小数についても優れた研究を残している。世間では同門の藤田定資の方が知名度が高く、「名人」と呼ばれたが、彼自身は直円を「名人」と呼んだと伝えられる。師匠筋の山路家が天文方であったことから、暦に関する著書もあり、『授時暦便蒙』『安子西洋暦考草』『安島先生便蒙之術』『交食蒙求俗解』の4編が残されている。内容は研究というよりも、編暦計算の実務に携わる人のための教科書のようなものと見られ、そのための工夫が随所に見られる。

    これらの和算に対する功績について、日本学士院の院長菊池大麓は大きく直円のことを評価した。こうしたことから安島直円は和算の歴史において関孝和とともに和算史上の二大焦点といわれた。大正4年、従五位を贈位される。

    [編集] 遺功・業績・顕彰

    • 明和5年(1768年)、『授時暦便蒙』完成。
    • 天明6年(1786年)、新庄藩財政回復に功。20石加増。同年、さらに10石加増。
    • 大正4年、贈位。贈従五位。
    • 平成10年(1998年)、安島直円没後200年に際し、新庄市の西山の丘に有志(安島直円顕彰会)その遺功を讃えるために顕彰が建立される。

    [編集] その他の著書

    • 『円柱穿空円術』
    • 『祇園算学解』

    [編集] その他、エピソード

    • 月面には安島の名に由来するクレーターナオノブ (Naonobu) が存在する。
    • 安島直円の業績をたたえるため、今日ではその郷里 新庄市において安島直円顕彰会が結成され、顕彰がなされている。
    • 墓所の常林寺は、東京都港区三田4丁目に所在する(最寄駅は都営浅草線三田駅、下車5分)。

    [編集] 関連項目

    [編集] 参考文献

    • 平山諦、松岡元久『安島直円全集』富士短期大学出版部、1966年
    • 下平和夫『和算の歴史』富士短期大学出版部、1965年、1970年

    [編集] 外部リンク

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