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    野生児

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    野生児(やせいじ、Feral child)とは、なんらかの原因により人間社会から隔離された環境で育った少年・少女のこと。野生人(やせいじん、Feral man)とも[1]。特にに育てられたと伝えられる事例では狼っ子(おおかみっこ、Wolf child)といわれる。

    目次

    [編集] 野生児の分類

    野生児には次の3種類がある[2]

    1. 動物化した子ども。つまり、獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物によって育てられた場合。育てていた動物としては、狼・熊・豹・豚・羊・猿・ダチョウといった事例が報告されている。代表例は狼に育てられたとされるアマラとカマラ
    2. 孤独な子ども。つまり、ある程度は成長した子供が森林などで遭難したり捨てられたりして、他の人間とほとんど接触することなく生存していた場合。絶対的野生児。代表例はアヴェロンの野生児
    3. 放置された子ども。つまり、幼少の頃に適切な養育を受けることなく、長期間にわたって幽閉されていたり放置されていた場合。孤立児・擬似野生児。野生で育ったわけではないが、幼少期に十分な人間社会との接触が得られなかったという意味で野生児と同等に扱われる。代表例はカスパー・ハウザー

    それぞれの代表例として挙げたアマラとカマラ、アヴェロンの野生児、カスパー・ハウザーについては資料が比較的しっかりと残っており、野生児の研究ではよく取り上げられる。

    [編集] 野生児の記録

    狼の乳を飲むロームルスとレムスの像(カピトリーノ博物館蔵)

    野生児の事例はこれまでに多数報告されている[3]。動物に育てられた子どもの話は神話伝説の中にも見受けられ[4]、例えばローマ神話においてロムルスレムスは狼によって育てられたとされる。社会心理学者のルシアン・マルソンは、1344年発見のヘッセンの狼少年から1961年発見のテヘランのサル少年まで53のケースを表にまとめており[5]人類学者のロバート・ジングも35のケースについて解説を行っているほか[6]、31人について各々の野生児の特徴をまとめた総括表も作成している[7]

    しかし、古い事例では信頼性のある詳細な記録が残っていない場合が多く、ロバート・ジングは「ミドナプールの野生児(アマラとカマラ)が、これまで(1942年頃まで)に蓄積された記録のうち科学的資料として認められる唯一の例」だとしている[8]。ただし、アマラとカマラの事例についても、その真実性には議論がある(アマラとカマラの項目を参照)。

    野生児が発見・保護された場合、後述するように社会性を失い痴愚的な状態となっているため、人間らしくするための教育が行われることが多いが、ほぼ完全に人間らしさを取り戻した事例は少ない。比較的回復に成功したと考えられるケースとしては、カスパー・ハウザー、小ターザン、ソグニーの少女、孤立児イザベルなどが挙げられる(主な事例の節を参照)。保護された野生児を教育しなおす場合、「動物化した子ども」「孤独な子ども」のケースでは動物との生活や野生での生活で身につけた習慣・条件付けを除去しなければならないが、「放置された子ども」のケースではその必要性はないため、孤立の期間が短ければ回復できる場合が多い[9]

    野生児の事例は、「人間の幼少期に覚えた習慣は恒久的なものとなる」「発達初期段階に社会との接触が得られないと、その後の社会化が困難になる」といったことの根拠としてしばしば用いられる[10]

    [編集] 野生児の特徴

    四つんばいになり、地面に置かれた皿に口をつけて食事をする狼っ子カマラ

    もともと野生人という概念は生物学者のリンネが著書『自然の体系』において初めて科学的に扱った[11]。リンネは野生児ピーターやクラーネンブルクの少女、ソグニーの少女などの実例をいくつか挙げ、野生人の特徴として

    1. 四つ足
    2. 言葉を話さない
    3. 毛で覆われている

    の3つを指摘した。このうち3つ目の多毛という特徴は妥当でないことがわかっている(多毛であると報告された野生児の事例の方がわずかである[12])。ただし、正常な歩行が困難・音声言語を持たないという特徴は多くの事例に適合する[13]

    このほかに、野生児には

    1. 暑さや寒さを感じないなど感覚機能が低下している
    2. 情緒が乏しく人間社会を避ける
    3. 羞恥心が無く衣服を着用しようとしない
    4. 相応の年齢になっても性的欲求が発現しにくいまたは発現しても適切な対象と結び付けられない
    5. 生肉・臓物など調理されていない食品を好む

    といった特徴がしばしばみられる[14]

    野生児が発見・救出されたあとは、共通して痴愚的な状態となっているが、このことからもともと野生児たちは知的障害児あるいは自閉症児であり、だからこそ親に捨てられて野生化したのだと考える人もいる。実際にディナ・サニチャーの事例などは先天的な白痴であったと考えられている。しかし、救出されたのちにほぼ完全に知的に回復した野生児の事例も存在するほか、「何人かの野生児は野生で生き延びるための手段・技能を自力で開発しており、先天的な知的障害であればそういった知恵が働かなかったはず」という反論もできる。[15]

    [編集] 主な事例

    ヘッセンの狼少年
    7~12歳ぐらいのときに、ドイツヘッセンで狼といっしょにいるところを捕獲された少年。発見された時期については1341年との報告と1344年との報告の2つがある。同じ時期にヴェッテラヴィーでも野生児が捕らえられている。[16]
    クラーネンブルクの少女
    1717年8月、クラーネンブルクの山中で保護された少女。言葉はきちんとしゃべれなかった。1718年1月、母親が見つかり引きとられ、その後のことは不明となっている。少女は生後1歳4ヶ月の1700年5月5日に誘拐されたまま行方がわからないとされていた(つまり発見当時18歳だったということになる)。[17]
    野生児ピーター
    1724年7月27日に発見され、ピーターと名付けられた野生児。ただし発見時のエピソードなどに関して関係者の証言の相違点・矛盾点が指摘されている。スウィフトの作品中にも登場する。[18]
    ソグニーの少女
    1731年9月、フランスシャンパーニュ地方のソグニー村で発見された少女(ただしそれまでに別の場所で捕獲されたり発見されたりしている)。発見当時9~10歳程度。魚やカエルを生のまま食べ、しゃべるかわりに金切り声をあげた。その後、野生児の例としては珍しくある程度言葉を話せるようになり、尼僧になった。伝記作家のラ・コンダミーユは、彼女が2度海を渡ったことがあると話したことから、彼女はエスキモー出身だとしている。[19]
    クロンスタットの野生児
    トランシルバニアワラキアの間で発見され、クロンスタットに移送された22~25歳程度の少年。少なくとも1784年には生存していたとされるが、同年クランスタットを離れ、その後は不明。女性を見かけるとすぐに喜びの大声を上げて欲望を表現したとされるが、これが本当なら成熟した野生人が示した唯一の性的行動の記録といえる。[20]
    アヴェロンの野生児
    1797年に南フランスのタルヌ県で捕らえられた少年。医師のジャン・イタールにより熱心な人間化のための教育がなされた。
    カスパー・ハウザー
    1828年3月26日にドイツのニュルンベルクで発見された少年。幼少の頃のほとんどを地下牢のような場所に幽閉されていたと考えられている。発見後めざましい回復を遂げたが、1833年12月17日に暗殺される。
    デビルズリバーの狼少女
    1845年メキシコのデビルズ川en:Devils River (Texas))付近で狼の群れに混じって10歳位の女の子がいることが発見された。一度捕まえたものの、狼の群れが襲ってきて、その隙に逃げられてしまった。
    スリーマン卿が報告したインドの狼っ子
    インドアウド王国の軍人のスリーマン卿が、著書の『アウド王国旅行記(1849-50年)』(A Journey through the Kingdom of Oude,in 1849-50)において、狼によって育てられた6人の野生児について報告している。スリーマンは、ヒンズー教徒は狼を殺そうとしないためインドにおいてこのような事例が多く発生したと考察している。[21]
    オーバーダイクの救貧施設で保護された野生児
    ドイツのオーバーダイクにあったレッケ伯爵の救貧施設では、2人の野生児が保護されていたとされ、文化人類学者のタイラーの論文によって1863年に報告された[22]
    1人目の野生児は、血を流した状態で救貧施設にたどり着いたところを保護された。保護されたときは、ほとんど言葉を話せなかった。その後精神発達がみられ、といっしょに生活をしていた過去を語った。
    2人目の野生児は、鳥とその習性について高い知識を持っていたとされる。木に登って鳥や卵をとって食べるのがうまかったという。
    野生児サニチャー
    1867年にカジャール族の男によって狼の巣穴から発見されたインドの少年。もともと白痴であったと考えられている。資料は比較的豊富に存在し、本人の写真も残されている。[23]
    発見後、1895年に死去するまでシカンドラ孤児院で過ごしていたが、この孤児院ではサニチャーのほかにも野生児を保護していた事例が報告されている[24]
    インドの豹少年
    インドで発見された、に育てられた少年。その後両親が見つかり、引き取られた。1920年に『ボンベイ博物学協会』誌で報告された。[25]
    アマラとカマラ
    1920年インドミドナプール付近で狼とともに発見された2人の少女。発見・保護したシング牧師によって詳細な養育記録が残されている。
    小ターザン
    エルサルバドル1933年頃に捕獲され、ソンソナーテ市に移送された少年。発見当時5歳程度で、叫び声やほえ声を上げるだけでほとんど話せず、原始的な状態だった。その後、農業の専門学校でルーベンと名づけられて教育を受け、年齢相応の読みや算数ができるようになった。[26]
    孤立児アンナ
    5歳まで物置に監禁されていた少女。
    1932年3月6日に生まれたアンナは、1938年2月にペンシルバニアから27kmほど離れた農家の物置で発見されるまで、監禁状態だった。救出直後は、立つこともしゃべることもできず、無表情・無関心な状態だった。その後、運動機能などは少しずつ回復したが、言語は習得できなかった。1942年8月6日に病死。ほぼ同時期に救出された後述のイザベルの例とよく比較される。
    孤立児イザベル
    6歳まで、日光のさえぎられた部屋に母親とともに監禁されていた少女。
    1932年4月生まれのイザベルは、1938年11月に救出されるまでの間、言葉を話せず知能も遅れていた母親とともに監禁されていた。救出時は歩くことができず言葉もしゃべれなかったが、パントマイムも取り入れた言語訓練の結果、1940年6月の記録では1500~2000の語彙を獲得することができたとされている。
    サハラのカモシカ少年
    1960年サハラ砂漠カモシカと暮らしているところを発見された少年。捕獲はされず、ジャン・クロード・アルメンによってその様子が観察された。ただし、詩人であるアルメンによって物語的に報告されているので、実証性のある科学的資料とはいえない。1966年1970年アメリカ軍による捕獲作戦が行われたが成功していない。[27]
    孤立児ジーニー
    1970年11月4日アメリカで救出された少女。1歳過ぎから13歳で救出されるまでの間、ずっと部屋に監禁されていた。
    オクサナ・マラヤ
    1991年ウクライナで保護された少女。発見当時8歳で、それまでの大半の時間をとともにすごしてきた。
    ロチョム・プチエン
    2007年1月13日カンボジアラタナキリ州で発見された女性。1988年頃に行方不明となり、発見されるまでジャングルを彷徨っていたとされる。

    野生児だと思われていた事例が、後にそうでないと発覚したこともある。1903年に推定12~14歳で捕らえれ、類人猿に育てられていたとされていた南アフリカのひひ少年リューカスは[28]、ロバート・ジングによってつくり話だと指摘された[29]。また、1976年5月にブルンジで発見され、と一緒に4年程度生活していたとされる少年は[30]1978年心理学者のハーラン・レインによってそうではないことが判明した[31]

    この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

    [編集] 野生児を描いた作品

    [編集] 実話を元にしたもの

    [編集] フィクション

    [編集] 関連項目

    [編集] 参考文献

    [編集] 脚注

    1. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の122頁によると、野生人とは野生児の分類の節で示した3つの類型のうち1と2のパターンを指す(つまり「放置された子ども」を除いた純粋な野生児のこと)。
    2. ^ 『野生児の世界―35例の検討』3-4頁の訳者まえがきより。なお、「動物化した子ども」「孤独な子ども」「放置された子ども」という語句は『野生児―その神話と真実』126頁で、「絶対的野生児」「擬似野生児」という語句は『砂漠の野生児―サハラのカモシカ少年』(J・C・アルメン著、佐藤房吉訳、評論社、1975年、169頁)で、「孤立児」という語句は 『アヴェロンの野生児―禁じられた実験』(ロジャー・シャタック著、生月雅子訳、家政教育社、1982年、3頁、ISBN 978-4760601950)でそれぞれ使われている。
    3. ^ 外部リンクの節で示したFeralChildren.comでは、2008年現在で100以上の野生児の事例を紹介している。
    4. ^ 『野生児―その神話と真実』81-85頁。
    5. ^ 『野生児―その神話と真実』の127-129頁に掲載されている。
    6. ^ 『野生児の世界―35例の検討』を参照。
    7. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-177頁に掲載されている。
    8. ^ 『野生児の世界―35例の検討』98頁。
    9. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』131-132頁。
    10. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』183頁。
    11. ^ 以下、リンネに関する記述は『野生児の世界―35例の検討』の9頁・14-15頁・97-98頁や『遺伝と環境―野生児からの考察』の122-123頁などを参照。
    12. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-171頁に掲載された野生児の事例の総括表によると、そこに挙げられた31人の野生児のうち多毛であるとされているのは3人のみである。
    13. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-171頁に掲載された野生児の事例の総括表によると、そこに挙げられた31人の野生児のうち19人が四つ足で動き、22人が話しことばを持たなかったとされている。
    14. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』147-169頁の「要約と結論」やそのあとの総括表を参照。また、『野生児の世界―35例の検討』284頁の訳者あとがきにも野生児の特徴が簡潔にまとめられている。
    15. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』148-149頁、『野生児の世界―35例の検討』16-17頁。
    16. ^ 『野生児の世界―35例の検討』147-150頁。
    17. ^ 『野生児の世界―35例の検討』203-207頁。
    18. ^ 『野生児の世界―35例の検討』106-121頁。
    19. ^ 『野生児の世界―35例の検討』236-244頁。
    20. ^ 『野生児の世界―35例の検討』209-215頁。
    21. ^ 『野生児の世界―35例の検討』27-29頁。
    22. ^ 以下、『野生児の世界―35例の検討』125頁・128-132頁を参照。
    23. ^ 『野生児の世界―35例の検討』56-66頁。
    24. ^ 『野生児の世界―35例の検討』66-72頁。
    25. ^ 『野生児の世界―35例の検討』72-76頁。
    26. ^ 『野生児の世界―35例の検討』244-259頁。
    27. ^ J・C・アルメン著、佐藤房吉訳 『砂漠の野生児―サハラのカモシカ少年』 評論社、1975年。
    28. ^ J・P・フォーリー・ジュニア 「南アフリカの「ひひ少年」」『遺伝と環境―野生児からの考察』30-43頁。
    29. ^ ロバート・ジング 「南アフリカの「ひひ少年」への異論」『遺伝と環境―野生児からの考察』43-64頁。
    30. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』のカバー写真の解説文より。
    31. ^ C・マクリーン著、中野善達訳編 『ウルフ・チャイルド―カマラとアマラの物語』 福村出版、1984年、7頁、ISBN 978-4571210044
    32. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』147頁。

    [編集] 外部リンク

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